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東京地方裁判所 平成8年(ワ)7649号 判決 1998年9月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

押切謙徳

芳賀淳

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

乙山春男

外二名

右四名訴訟代理人弁護士

河上和雄

山崎惠

的場徹

主文

一  被告らは、原告に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社講談社は、原告に対し、同被告が発行する週刊誌「フライデー」誌上に、別紙(四)記載の謝罪広告を別紙(五)記載の形式で一回掲載せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、各自五〇〇万円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告に対し、別紙(二)記載の謝罪広告を、別紙(三)記載の各新聞に同記載の方法で、それぞれ一回掲載せよ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  第一項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、大蔵省大臣官房審議官の職にあった原告が、被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)発行の写真週刊誌フライデーに掲載された別紙(一)記載の記事(以下「本件記事」という。)によって名誉を毀損されたとして、被告講談社、当該週刊誌の発行人、編集人及び本件記事の執筆者に対し、謝罪広告の掲載及び損害賠償を請求した事案である。

二  前提となる事実

1  当事者及び関係人

(一) 原告は、昭和四四年四月大蔵省に入省し、平成元年六月、同省主計局主計官、平成三年六月、銀行局中小金融課長等を経て、本件記事発行当時は、大蔵省大臣官房審議官の職にあった。

(二)(1) 被告講談社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする会社であり、写真週刊誌フライデーを出版し、全国の書店を通じてその販売をしている。

(2) 被告乙山春男は右フライデーの発行人、被告丙川夏男は同誌の編集人、被告丁田秋男(以下「被告丁田」という。)は、本件記事の執筆者である。

(三)(1) A(以下「A」という。)は、株式会社富士銀行赤坂支店の元渉外第二グループ課長であり、平成五年三月二五日、いわゆる富士銀行不正融資事件に関連する有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪により東京地方裁判所において懲役一二年の実刑に処せられ、現在服役中の者である。

(2) B(以下「B」という。)は、平成元年一月一九日、不動産仲介等を業とする常陽産業株式会社を設立し、その社長に就任した者であるが、かねてから原告と親交を重ねていた。

(3) C(以下「C」という。)は、平成二年二月に設立された株式会社全日販の代表者であるが、A同様、富士銀行不正融資事件の共犯者として懲役六年の実刑に処せられ、現在服役中の者である。

2  被告講談社は、フライデー平成八年五月三日号に、富士銀行不正融資事件に関連して、原告が次のとおり名誉毀損箇所として指摘する、(一)本件見出し、(二)本文1、(三)本文2及び(四)本文3(別紙(一)赤枠表示参照)を含む本件記事を掲載して発行した。

なお、右にいう富士銀行不正融資事件とは、Aが主体となり、富士銀行の課長としての地位を利用して、架空預金証書や偽造した質権設定承諾書などを使ってノンバンクから巨額の資金を不正に引き出させ、損失を生じさせたとされる事件である。

(一) 本件見出し

「人事口利き」と「株情報漏洩」直撃!甲野太郎大蔵省審議官が指摘された「二つの新疑惑」

(二) 本文1

「<(平成2年)9月上旬ころ、私は毎日のように行っていた常陽産業の事務所でB社長から、「絶対あがる株があるから課長ものらないか、儲けても損しても半々でやりましょう」という誘いを受けたのです。(中略)B社長に、「ええ、いいよ。お願いします」と返事したのです。B社長は、「一部上場の阪和興業の株があがる、という情報があるから、課長にも声をかけたんだ」といっていましたが、私は、「全部、Bちゃんにまかせるからやっといて」と軽く答えて終わっています。B社長は、情報の出所については何も言いませんでしたが、私はB社長の確信ぶりを見て、平成元年4月下旬ころ、常陽産業の事務所で偶然に出くわしたB社長から紹介を受けた、当時、大蔵省主計官、甲野太郎さんの情報に違いない、と思いました>なぜ、A元課長はそう確信したのか。調書にはこう書かれている。<この紹介を受けた後、B社長とともに、私は甲野さんと銀座4丁目の和風割烹「わたき」で会食をしたり、銀座6丁目のクラブ「ピロポ」などで数回飲んだりしておりますのですぐに「ピン」ときたのです>要は、そういう情報のやりとりがこれまでにもあったということなのか? だとすれば、これは情報漏洩に当たるのではないか、で、肝腎の株はどうなったのか。(引用中略)なんとボロ儲け、6千万なのである。この時期、阪和興業株は仕手めいた動きを示し、情報通り急騰している。もちろんA元課長はその情報を甲野審議官から直接聞いたとは言っていない。だが、彼がそう信じたという証言は簡単に一蹴できるものではない。調書に示された一連の行為が事実だとするなら国家公務員として許されることではないはずだ。」

(三) 本文2

「さて、それ以上に問題なのは不正の発覚を恐れたA元課長の人事への口利き疑惑である。(引用中略)今度は、銀行に絶大な影響力を及ぼす現職の大蔵官僚の口利き疑惑なのである。平成4年3月27日付、東京地方検察庁で作成された調書はこう告発している。<不正発覚を防ぐためには転勤を阻止すること(中略)、転勤を防ぐためには、ひとつには「Aがいなければ赤坂支店の実績は達成できないから、転勤させられない」と支店長に思わせるために、不正資金を回した先に流動性の預金協力をさせたり(中略)、丸昌のD社長(懲役10年求刑、控訴中―本誌注)から支店長に、Aを転勤させないように言ってもらったり、大蔵省の甲野主計官から銀行の人事の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました>A元課長はここでハッキリと「口利きをしてもらった」と明言しているのである。現職の大蔵官僚が不正融資の主犯から、あろうことか不正の発覚を隠蔽するための人事の口利きを頼まれて行っていたというのだ。これが事実なら由々しき問題である。言うまでもなくA供述調書の信ぴょう性は、事件関係者らの公判においても証拠採用され、認められている。」

(四) 本文3

「なんと“官僚の頬っ被り状態”となってしまったのである。」

「しかし、これらの疑惑をぶつけようとしただけで彼が“頬っ被り”状態になったことは冒頭に記した。」

三  争点

1  本件見出し及び各本文は、原告の名誉を毀損するものか。

(原告の主張)

本件見出し及び各本文は、虚偽の事実を摘示し、大蔵省に勤務する公務員である原告の廉潔性及び職務の公正を疑わせ、そのことにより原告の名誉を毀損している。

そこで、原告は、被告らに対し、前記のとおりの謝罪広告の掲載を求め、かつ、被告ら各自に対し、慰藉料五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

すなわち、

(一) 本件見出し

一般に見出しは、記事の内容を代表するものであり、それ自体で事実の摘示に当たる。

本件見出しは、原告に「人事口利き」と「株情報漏洩」の「疑惑」があるとの具体的事実を指摘しており、この記述が、原告に対する客観的な社会的評価を低下させることは明らかである。

(二) 本文1

原告は、阪和興業の株式の株価に関する情報を第三者に知らせたことはない。

本文1は、Aの司法警察員に対する供述調書の一部を引用する形式で記述されているが、本件見出しの記述とあいまって、読者に対し、原告があたかもその職務上知り得た秘密を自己の知人の私利のためにみだりに漏洩したとの認識を抱かせることにより、公務員である原告の社会的評価を低下させている。

(三) 本文2

原告は、富士銀行の上層部にAの転勤をさせないように話をしたことはない。

本文2は、Aの検察官に対する供述調書の一部を引用する形式で記述されているが、前記本件見出しの記述とあいまって、読者に対し、原告があたかも大蔵官僚の地位を背景にして富士銀行の人事に介入したとの認識を抱かせることにより、公務員である原告の名誉を著しく毀損している。

(四) 本文3

原告は、大蔵省の広報室を通じて被告側の取材に対し、指摘されている疑惑のないことを回答している。

本文3は、被告らの写真撮影を避けるために原告が新聞で顔を隠した事実について「頬っ被り」をしたと表現し、原告が被告らの取材に反論もできず、不正融資事件と関連があるかのような印象を読者に与えるものであり、原告の名誉を毀損している。

(五) 本文2、3に引用の調書について

(一) 被告らは、前記引用に係る調書(乙一二号証の一ないし四、乙一三号証の一ないし三、以下、枝番を省略し、「A調書」として引用する。)は、警察官及び検察官によって真正に作成されたものであると主張するが、被告らが富士銀行不正融資事件に関し警察官及び検察官作成の調書を入手できる可能性は少なく、被告らがAの調書と主張する書面は偽造された疑いが強い。

(2) 被告らは、本文1及び2について、A調書は公判廷で取り調べられたものであり、その内容に基づいて報道したと主張しているが、そのような報道をするためには、右調書が現実に捜査官によって作成されたこと及びそれが公判廷に顕出されたことが確認されなければならない。しかし、被告らは、これらの調書が公判廷の顕出された事実を明らかにすることができておらず、右確認を怠っている。

なお、被告らは、本件最終弁論期日において、A調書が公判廷で取り調べられたことを立証するとして、乙二五号証ないし二七号証を提出したが、既に関係人証の取調べが終了しており、右期日においては、原告がこれらにつき反対尋問によって吟味することは不可能であった。

これらの証拠の提出は、明らかに原告の立証を不当に妨害する目的でされたものであって、時機に遅れたものというべきであるから、却下すべきである。

(3) 仮に、A調書が実際の公判廷で取り調べられたとしても、現在の刑事裁判において供述調書の取調べは要旨を告知することによって行われるのが通常であり、本件で問題となっているA調書の内容とAに対する公訴事実とは無関係であることから、原告の名前が公判廷で朗読されて明らかになる可能性はなかった。

したがって、一般読者が、通常の裁判報道に接する場合と同様に本件記事の内容について触れることはありえない。

(被告らの主張)

(一) 本件見出しは、その記述のとおり、「人事口利き」、「株情報漏洩」という一般的抽象的な表現を記したものにすぎず、その表現自体が原告の社会的評価を形成し得る具体的な「事実言明」として評することはできない。

(二) 本文1及び2は、富士銀行不正融資事件で警察官及び検察官によって聴取作成されたA調書中の供述内容をそのまま読者に紹介するとともに右調書の中でAが述べた事実について批判的論評を加えたものであって、それ以上、右A調書が真実を述べたものであることを積極的断片的に読者に印象づける表現行為は採用していない。

そして、本件におけるA調書は、いずれも公判廷で取り調べられたものであって、本文1、2の記載は、公開法廷での被告人、証人の発言内容を読者に伝える一般の裁判報道と基本的に性格は等しい(その立証のため、被告が提出した乙二五号証ないし二七号証の提出が時機に遅れたものであるとの原告の主張は争う。)。

本文1及び2は、A調書の内容が仮に真実であるならば、原告のAらとの親密な交際関係は官僚として非難されるべきであると批判的に論評しているに過ぎず、論評の表現方法は報道行為として社会的相当性を逸脱するものではない。

(三) 本文3の「頬っ被り」という記述は、原告に対して、一定の社会的評価をもたらすような特定性と具体性をはらむ表現ではないことは一見して明白であり、表現自体に違法性は認められない。

また、原告は、被告側の取材には一切応諾しておらず、平成三年の事件発覚以来現在に至るまで、Aらとの親密な交際関係について謝罪はおろか、何ひとつ説明していない。

このような原告の態度につき、被告らは「頬っ被り」状態と論評を加えたにすぎず、右記述は、被告らの意見表明と言うべきであって、正当な言論にほかならない。

2  本件見出し及び本文1、2について、真実性の証明があったといえるか、又は被告らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があったか。

(被告らの主張)

仮に、本件見出し及び本文1、2の記述が原告の名誉を毀損するものであったとしても、右記載事実は真実であり、また、仮に、真実であるとの証明がないとしても、被告らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があった。

(一) 本文1及び2の引用するA調書(乙一二号証、一三号証)の内容は、いずれもわが国の政策決定に強い権限を有する大蔵官僚が、戦後最大の金融事件である富士銀行不正融資事件に深く関与した者らと密接に癒着し、便宜を図っていたという事実を伝えたものであって、公共の利害に関係する事実である。

被告らは、公務員の綱紀の粛正と大蔵官僚への国民の監視を呼びかける趣旨で本件記事を公表したのであるから、本文1及び2は、専ら公益を図る目的で掲載されたものというべきである。

(二) 本文1が引用するA調書の内容、すなわち、原告が阪和興業株につき、Bに対して情報を漏洩したという事実は、真実である。

すなわち、A調書の記述は、Bは情報の出所については言明しなかったが、原告とBとの親密な関係からAにおいて原告からの情報であると推察したという内容であるが、当審における証人尋問において、Aは、証人として、阪和興業株が上がるとの情報は、原告からの情報であるとBが言った、と証言した。

これに対し、Bは、当審の証人尋問において、Cから、原告に対し阪和興業株につきある事項について確認してもらえないかという要請を受けたが、それを断わったと証言している。しかし、右事項を確認しないまま、CやBがリスクの極めて高い阪和興業株の取引を開始したとは考えられず、必ずそれを確認した上で、取引を開始したはずである。Bと原告は、当時週に一回は必ず会うほど親密な関係にあり、原告はBにとって何でも相談できる相手であった。Cから原告の名を特定して事実関係の確認の依頼を受けたBが、原告に対する確認を行わずに、常陽産業にとって極めてリスクの高い阪和興業株の取引を行うことは考えられず、Bの証言は信用できない。

そうであるとすると、A調書の内容は真実と認めるべきである。

仮に、右事実が真実とは認められないとしても、右の事実関係によれば、被告らがA調書の内容を真実と信じたことには相当の理由があるものというべきである。

(三) 本文2が引用するA調書の内容、すなわち、Aは原告から富士銀行の人事の上層部に転勤をさせないように話をしてもらったという事実は、真実である。

当審における証人尋問でAは、AとBの会話の中で、Aの転勤阻止に関しBから原告に依頼することが話題に出たと証言している。そして、当時、BにとってもAの転勤を阻止する必要性があったこと、Bにとって原告の名前を出すことがAに対する売り込みの材料であったこと、原告とAが決して疎遠な間柄ではなかったことから、Bは原告に対し右の依頼をしたはずであり、原告がBと極めて親しい関係にあったことなどを考慮すれば、Bから依頼を受けた原告が富士銀行上層部にAの転勤阻止を働きかけなかったとは考えられないのである。

そうすると、A調書の内容は真実と認めるべきである。

仮に、右事実が真実とは認められないとしても、Aは転勤させられる当事者として、富士銀行内部において、この転勤が阻まれた経緯と理由とを実際に知りうる立場にいたこと、また、検察官に対する供述調書の信用性は一般的に高いことを考慮すると、Aが検察官に対し断定的に原告が富士銀行上層部に働きかけを行ったと供述している以上、被告らが右A調書の内容を真実と信じたことについては相当の理由があるものというべきである。

(四) 一般に検察官面前調書に録取された供述は、供述者の良心と記憶に沿って話され、正確に録取されるものと認められている。また、取調べにおいては、前もって強制捜査権の発動の下に集められた日記や帳簿等の各種資料のつきあわせと供述者の記憶の喚起がされるのが常態であり、そこに記載された供述には極めて高い信用性が認められており、法も類型的に特別の証拠能力を付与している。

本件のA調書は、同人の記憶の新鮮なうちに録取されたものであり、その信用性には高い評価が加えられるべきである。Aに対する判決においてもその任意性、信用性に疑いがさしはさまれた事実はない。

したがって、このようなA調書を引用し、もってAと原告との親密な関係を読者に伝達した本件記事の公表は、不法行為を構成する余地はない。

(原告の主張)

(一) 原告が、本文1に掲載されたように、Bに対し阪和興業株売買について情報を提供した事実は存在しない。

被告らが右事実を真実と誤信したことについて相当の理由は認められない。

A調書の記載では、「B社長は情報の出所については何も言いませんでした」が、「甲野太郎さんの情報に違いないと思いました。」とされている。そして、Aがそう思った理由は、A、B及び原告が会食をしたことがあるという点に止まっており、なんら原告と株とを結びつける具体的な記載はない。そのような記載から、被告らは原告が株情報に関す秘密を漏洩したことが真実であると一方的に考えたにすぎないのである。

この点について、原告及びBは、この事実を明確に否定している。Bによる株取引の時期は、A調書記載の時期と客観的に異なっているのみならず、Bは、原告からでなくCからの情報に基づいて取り引きしたことを明言している。

Aは、当審の証言で、Bが、原告からの情報であると述べたと供述したが、A調書ではこれを否定しているのであって、右証言は記憶に基づくものというよりは、あとからの想像に基づくものと考えられるし、仮にその発言があったとしても、Bが原告からの情報に基づかずに勝手に発言したものと認められるのである。

これらによると、A調書の記載を真実と認める相当な根拠があるとは考えられない。

(二) 原告が、本文2に掲載されたように、Aを赤坂支店から転勤させないために、富士銀行上層部に働きかけた事実は存在しない。

被告らが右事実を真実を誤信したことにつき相当の理由は認められない。

まず、原告及び富士銀行は、右働きかけの事実が存在しない旨明言している。また、Aは、A調書の中では原告に働きかけてもらったと断定的な供述をしているが、証人尋問において、それは想像で供述した、Bを介して原告に依頼したが、原告がしてくれたかはわからない、と証言している。そして、Bも、AからではなくCからAの転勤阻止の働きかけを頼まれたとする事実は認めたものの、その場で断わったと明言しているのである。

これらによると、前記A調書の記載を真実と認めるべき相当の理由があるとはいえない。

第三  当裁判所の判断

一  本件記事の内容等について

1  本件記事の体裁・内容は別紙(一)のとおりであり、冒頭に本件見出しを大書し、大蔵省へ登庁途中の原告の大版の写真(車中での撮影を避けるため新聞紙で顔を覆った状態を撮影したもの)の外、原告及びAの写真二葉等を配し、本文1ないし3を含む記事を記載したものである。

2  そして、本件記事には、いわゆる富士銀行不正融資事件の全貌に迫るものとして、執筆者である被告丁田が入手した約五〇〇〇頁に及ぶAの供述調書の中に、原告に関する重大な疑惑が記されていたとの記述のもとに、平成四年一月三〇日付の警察官に対する供述調書(乙一二号証)を引用して本文1が、同年三月二七日付の検察官に対する供述調書(乙一三号証)を引用して本文2が記載されている。

これに対する原告側の反論としては、大蔵省広報室を介しての原告の回答として、「(人事の口利きについて)そういう事実はまったくありません」「(株情報漏洩について)そのようなことは一切関知しておりません」と述べたこと、二つの疑惑についての大蔵省の見解として「調書写しを見せていただかないと検討もできません」との記載がされている。

二  争点1(本件見出し及び各本文の名誉毀損性)について

1  週刊誌の記事において、その内容が名誉毀損にあたるかどうかは、一般読者を基準として、記事において取り上げられた者の社会的評価がその記事によって低下すると認められるかどうかで判断されるべきである。

2  本件見出しについて

被告は、本件見出しについて、「人事口利き」と「株情報漏洩」という一般的抽象的な表現をしたにすぎず、原告の社会的評価を形成し得る具体的な事実言明と評することはできないと主張する。

しかし、本件見出しには前記のとおり、「甲野太郎大蔵省審議官が指摘された2つの新疑惑」との記載があるのであって、本件見出しを読んだ一般読者としては、大蔵省審議官である原告が、その具体的な態様についてはともかくとして、人事口利きと株情報漏洩という社会的に否定的な評価を受ける行為を行ったのではないかとの疑念を抱くといわざるを得ない。

そうすると、本件見出しは、その限度において原告の社会的評価を低下させるに足りる事実を摘示したものというべきである。

ただし、本件見出しの名誉毀損性については、本文1、2と合体したものとして評価すれば足りるものということができるから、以下においてはこれらを一括して判断することとする。

3  本文1及び2について

(一)(1)  被告は、本文1及び2は、富士銀行不正融資事件におけるAの警察官及び検察官に対する供述調書中の供述内容を読者にそのまま紹介するとともにこれについて批判的論評を加えたものであって、供述内容に係る事実を真実であるとして積極的に断定したわけではないから、名誉毀損には当たらないと主張する。

確かに、本文1には「調書に示された一連の行為が事実だとするならば国家公務員として許されることではないはずだ。」、本文2には「これが事実なら由々しき問題である。」との留保がされている。

しかし、供述内容に係る事実を真実として断定しない表現をしたとしても、記事の内容を全体的に考察し、一般読者を基準としてみた場合、当該事実が真実であるとの印象を与える記載がされており、かつ、その事実が原告の社会的評価を低下させるようなものであれば、名誉毀損が成立するものと解するのが相当である。

(2)  そこで、この観点から、本文1及び2を検討する。

まず、本文1は、前記警察官に対するA調書を引用する形式で、Aは、平成二年九月上旬頃、常陽産業の事務所でBから阪和興業の株式が値上がりするという情報があるとして株式取引の勧誘を受けた際、Aは右情報の出所について、原告とBとの交遊振りからみて、原告からの情報に違いないと思ったとの趣旨に帰するものである。

また、本文2は、前記検察官に対するA調書を引用する形式で、Aは、富士銀行赤坂支店からの転勤を阻止するため、原告から銀行の上層部に転勤をさせないよう話してもらったりしたというものである。

もっとも、本文1及び2は、いずれもAの捜査機関に対する供述調書を引用しているのであるから、右内容を事実として直接的に摘示したものではない。しかし、通常の場合、一般読者において刑事被告人の捜査機関に対する供述の報道とその供述内容に係る事実の報道とを明確に区別して事実の真否を判断しているとは考えがたいから、供述調書を引用したからといって事実の摘示をしていないと評価することはできない。

しかも、本件記事においては、「だが、彼がそう信じたという証言は簡単に一蹴できるものではない。」(本文1)、「言うまでもなくA供述調書の信ぴょう性は、事件関係者らの公判においても証拠採用され、認められている。」(本文2)とそれぞれ記述して、供述内容自体の信用性を高める表現を付加している。また、「調書に示された一連の行為が事実だとするなら国家公務員として許されることではないはずだ。」(本文1)、「今度は、銀行に絶大な影響力を及ぼす現職の大蔵官僚の口利き疑惑なのである。」、「現職の大蔵官僚が不正融資の主犯であるから、あろうことか不正の発覚を隠蔽するための人事口利きを頼まれて行っていたというのだ。」(本文2)との強調的な表現を用い、本件見出しにも「甲野太郎大蔵省審議官が指摘された二つの新疑惑」との記載部分があることは前記のとおりである。

他方、A調書の内容に対する反論として本件記事に記載されているのは、前記のような原告の反論のみであるところ、原告の反論のすぐ後には、「だが、人事の口利き疑惑については、調書ばかりかA元課長自らが平成4年9月7日、自身の第10回公判において、法廷できっぱりと証言しているのである。『大蔵省の比較的力のある方に、富士銀行の役員の方に転勤を止めてくれと(中略)具体的にお願いさせていただいた』これが甲野審議官を指すことは前述の供述調書から明らかであろう。」との記述があり(本文2)、一般読者が本件記事を読んだ場合、被告らとしては、原告の反論は信用できないと評価しているものと認識することは明らかというべきである。

右の諸点に鑑みると、本文1及び2は、本件見出しとあいまって、一般読者に対し、原告が阪和興業株に関する情報を漏洩し(本文1)、Aの異動を阻止するため富士銀行上層部に対し働きかけをした(本文2)との印象を与えるものといわざるを得ないから、国家公務員である原告の社会的評価を低下させる内容を有するものと評価するのが相当である。

(二) 被告らは、本文1、2は、警察官又は検察官によって作成され、Aに対する刑事公判廷において取り調べられた供述調書(A調書)の内容を読者に伝え、その内容につき批判的論評を加えたものにすぎないから、公開法廷における供述内容を伝える一般の裁判報道と基本的に性格は等しく、名誉毀損に当たらないと主張している。

そこで、検討するに、乙一号証及び被告丁田本人の供述によると、被告丁田は、富士銀行不正融資事件に関心を持ち、平成七年一二月末頃までに同事件に関連して作成され、公判廷に提出された証拠として提供されたAの供述調書八〇通余りを入手したこと(被告丁田は、この提供者を秘匿している。)、本件記事において引用された前記乙一二号証及び一三号証(A調書)はその一部であると認めることができる。

そして、この乙一二号証及び一三号証の形式は、法定の供述調書の形式に沿ったものと認められること、A本人は、当審における証人尋問において、各調書末尾記載の警察官及び検察官の取調べを受けたこと、各調書末尾の供述者の署名指印がA自身によるものであること、各供述内容にも覚えがあることを肯定し、刑事公判廷において証拠調請求された自己の供述調書はすべて同意し、取調べられたと供述していること、弁論の全趣旨に照らし原本の存在及び成立が認められる乙二五号証(Aの平成三年二一月一三日付検察官に対する供述調書の写し)、二六号証、二七号証(検察官請求の証拠等関係カードの写し)の記載と乙一二号証、一三号証の内容とに齟齬がないこと等を総合すると、乙一二号証及び一三号証は、Aの供述を警察官ないし検察官において録取し作成した供述調書の写しであり、Aに対する刑事公判廷において証拠調請求がされ、被告人の同意の下に取調べがされたものと推認するのが相当である。被告丁田のようなジャーナリストが右事件にかかる刑事記録の写しを正規の方法で入手することが困難であろうことは認められるが(現に当裁判所が東京地方検察庁あてにした記録送付嘱託も共犯者の事件が未だ係属中であるとの理由で許否されている。)、そうであるからといって、前記の認定事実からみて、これらの書証が偽造であるとの疑いがあるということは相当でない(なお、原告は、乙二五号証ないし二七号証が本訴最終口頭弁論期日において提出されたものであることを非難し、時機に遅れた申出であるとして、これらの証拠の却下を求めている。確かに、原告の指摘するように、被告らのしたこれらの証拠提出の時期が遅れたとの非難には聴くべきところはあるけれども、当裁判所としては、これらの証拠についての判断は、格別の証拠調を要しないでも可能と考えるから、右証拠申出を敢えて却下するまでのことはないと結論した次第である。)。

しかしながら、右の判断を前提としても、本文1、2が前に説示したとおり、これらの調書の内容を単に引用したにとどまらず、一般読者に対し、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示しているものとの認識を与えると認められる以上、単なる裁判報道と同視することはできず、名誉毀損に当たることを否定することはできない。

4  本文3について

被告は、この「頬っ被り」との表現について、原告に関して、一定の社会的評価をもたらすような特定性と具体性をはらむ表現ではないことは一見して明白であり、表現自体に違法性は認められないと主張する。

確かに、本文3は、本文1、2とは異なり、それ自体としては具体性に乏しいこと、本件記事に取り上げられた事項は後記のとおり公共の利害に関するものであり、被告らが取材の対象としたことは不当とはいえないこと、これに対する原告の対応は後記認定のとおりであるが、これを被告側からみた場合、必ずしも十分でないと評価することはありうること、被告らいわゆるマスコミのする表現行為としては、多少揶揄的なものも社会通念上許容されると解されること等を総合すると、本文3が直接原告の名誉を毀損するものと認めるのは困難である。

しかし、本件見出し及び本文1、2の内容が、原告の株情報を漏らした、あるいはAの転勤阻止の口利きをしたという事実が真実であるとの印象を一般読者に与えるものであることは前記のとおりであるから、本件記事を通読すると、原告が頬っ被りの状態にあるとの本文3の揶揄的表現は、右の印象を一層強め、原告の社会的評価を下げる効果を生じていることを否定することはできないものというべきである。そうすると、本文3は、本件見出し、本文1、2と総合してみたとき、原告の名誉を毀損するものと評価するのが相当である。

三  争点2(本件見出し及び本文1、2について、真実性の証明があったか、あるいは被告らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があったか。)について

1  前記のとおり、本件見出し及び本文1、2は、大蔵省の現職官僚である原告が、富士銀行不正融資事件に関連し、自己の職務上知り得た秘密を株式情報として私的利益のため漏洩し、自己の地位を利用してAの転勤阻止のため富士銀行上層部に口利きをしたとの趣旨であるから、その内容は、公共の利害に関するものであることは明らかであり、しかも、本件記事の内容及び被告らの出版に携わる者としての地位に照らせば、右事実の公表は専ら公益を図る目的に出たものであると認めることができる。

2  そこで、本件見出し及び本文1、2に摘示された事実について真実性の証明あるいは真実と誤信したことについて相当の理由があったかを検討する。

(一) 各事実について、本件に顕れている証拠及び事実関係は次のとおりである。

(1) 乙一二号証及び乙一三号証(A調書)の記載は本文1、2引用のとおりであるが、摘示すると次のとおりである。

「常陽産業の事務所でB社長から阪和興業株が絶対あがるから課長ものらないか、という誘いをうけた。B社長にええ、いいよ、お願いします、と返事した。B社長は阪和興業株が絶対あがるという情報の出所については、何も言わなかったが、私はB社長の確信ぶりを見てB社長から紹介をうけた当時大蔵省主計官甲野太郎さんの情報に違いないと思った。その理由は、銀座四丁目の和風割烹「わたき」で会食をしたり銀座六丁目のクラブ「ピロポ」などで数回飲んだりしていたのですぐにピンときた。」(乙一二号証の二)

「転勤を防ぐために大蔵省の甲野主計官から銀行の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました。」(乙一三号証の二)

(2) 本件記事には、「Aが、平成四年九月七日の自身の第一〇回公判において、「大蔵省の比較的力のある方に、富士銀行の役員の方に転勤を止めてくれと(中略)お願いさせていただいた」と証言した」との記載がある(本件記事は、この人物が原告を指すことは明らかであるという。)。

(3) Aの当審における証言(要旨)(平成一〇年五月一八日)

「原告とは「わたき」で一回食事をしたことがあるほか、「ピロポ」では一回一緒に飲んだことがある。常陽産業の事務所では、何回も、一〇数回は会っている。B社長から阪和興業株を買うようにと勧められてこれに応じ、利益として六〇〇〇万円を受け取った。B社長は、阪和興業株が上がるというのは甲野さんからの情報という趣旨を述べた。」

「乙一三号証(A調書)には「大蔵省の甲野主計官から銀行の人事の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました。」と記載されているが、それは記憶に基づく供述ではなく、自分の想像で記述したものである。それについて検事から違うという指摘はなかったので、そのような文章になった。現在の自分の記憶では、B社長に、甲野主計官に働きかけをしてくれるよう依頼をしたが、その先はどうなったかわからない。」

(4) 被告丁田のBに対する取材結果(甲二号証、乙一四号証、乙一五号証、証人B、被告丁田本人)

被告丁田は、平成八年四月一六日、Bに対し、富士銀行不正融資事件に関連して取材を行い、その中で、原告が阪和興業株に関する情報を漏洩したか、Aの転勤阻止のため富士銀行に対し口利きを行ったかという点について質問した。

これに対するBの回答(要旨)は次のとおりであった。

「阪和興業株については、Cから取引を勧められ、原告に関連情報を聞いてもらうように頼まれたが、自分は取引を行っていないし、原告に聞いたこともない。

また、Aの転勤阻止についての口利きについては、Cから原告に取り次いでもらうように頼まれたが、転勤を拒むことはAのためにならないといって、原告に取次ぐことはしなかった。」

(5) Bの当審における証言(平成九年九月一六日)

「平成八年四月一六日の被告丁田の取材に対して、阪和興業株の取引を自分はやっていないと答えたが実際は取引を行った。その際、Cから、原告に阪和興業のある事項について聞いてもらうように頼まれたが、原告にそのことを聞くことはなかった。」

「また、Cから、Aが赤坂支店から転勤しないよう、原告に富士銀行上層部に働きかけてもらうよう頼まれたが、原告には取り次がなかった。」

(6) Bの別件(東京地裁平成八年(ワ)第五三八六号等)における証言(要旨)(乙二二号証、平成九年一〇月二八日)

「富士銀行不正融資事件に関連して受けた警察の取調べが一段落した時点で、担当課長から、人事のことかなにかよく覚えていないが、Aがこういうことがあったと言っているけれども事実どうなんだろうという問いかけがあったが、私は、それは違う、Aの勘違いだと思うと答えた。」

「阪和興業の株式に関し、Cからこれが本当に上がるのかどうか、ある事項を原告に聴いてもらえないだろうかとの問い合わせがあったが、そんなことは聞けないと断わった。そういうプライベートなことについて原告に迷惑をかけたくないという考えだった。」

「Aの人事異動の関係で、Cから原告には直接いわずに自分(B)の方にどうにかならんだろうかという話を持ってきたことがあった。」

(7) 原告本人の供述(甲四号証、原告本人尋問)

「阪和興業なる会社について、公的にも私的にも何の情報、関係も有しない。

阪和興業株の情報をBや第三者に知らせたことはないし、そのような依頼を受けたこともない。」

「Aの人事について富士銀行に口を利いた事実はないし、そのような依頼を受けたこともない。富士銀行からもそのような事実のなかったことの回答を得ている。」

(8) 原告とB、A、C等の関係(甲四号証、六号証、乙一九号証、二〇号証、二二号証、証人B、同A、原告本人)

原告とBは、昭和六一年頃知り合い、気が合うところから、家族付き合いもする仲となり、平成元年から平成三年頃までの内、原告は平日の昼間にしばしば、Bの常陽産業の事務所を訪れ、多いときには週に一、二度、クラブ等で会食や飲食をする関係にあった。このような関係を背景に、Bは、平成二年五月一四日、原告に対し、一〇〇〇万円を外車購入のため無利息で貸し付けたことがあり、原告は、平成三年五月九日、これを返済した。

原告とAは、平成元年一二月ころ、Bの紹介によって知り合い、平成二年五月頃まで一定の付き合いがあった。両名は、原告がBと会食や飲食をする際、何回か席を同じくしたほか、常陽産業の事務所でしばしば顔を合わせている。

原告とCの関係は、Bを通じて数回飲食を共にした程度である。

(9) 阪和興業株の売買及びAの人事異動(乙二二号証、証人B、同A)

B及びAは、平成二年一月上旬頃、Cの口利きにより阪和興業株を買付け、同年三月上旬売却した。このとき、Bは、数億円の信用取引を行って数千万円の利益をあげ、Aは、Bに取引を任せ、約六〇〇〇万円の利益を得た。

Aは、平成三年三月で赤坂支店での勤務が五年間となり人事異動の時期であったが、転勤とはならなかった。

(10) 被告丁田及び被告講談社としての取材活動(乙一四号証、原告本人、被告丁田本人)

被告らは、被告丁田において前記のとおりBに対して取材したほか、次のとおりの取材活動をした上、本件記事を作成した。

すなわち

ⅰ 被告講談社の戉木記者及びカメラマンは、平成八年四月一二日朝、原告から取材するため、原告の登庁を待ったが、原告が登庁を控えたため、インターホンで原告との会見を申し入れた。これに対しては、原告の妻が応対し、取材については、直接の会見は拒否するとともに、○○総合法律事務所のE弁護士を通して欲しいと述べた。

ⅱ 同月一五日朝、被告らは、編集担当の記者とカメラマンが、車数台を用意して原告が出てくるのを待ち、原告の登庁を追いかけ、信号待ちで停車した車内にカメラを向け、本件記事掲載の原告が顔を写真で被っている姿を撮影した。

ⅲ 同日、被告らは、大蔵省広報室を通じて、原告に対し、富士銀行不正融資事件で逮捕されたA元課長に頼まれてA元課長が人事異動しないように当時の富士銀行上層部に電話した事実はあるか、阪和興業株売買の事実はあるか(阪和興業株式に関する情報を提供したことはないか、という質問ではない。)、の二点について質問をし、直接取材を申し入れた。これに対し、原告は、右の事実をいずれも否定する旨の回答を行ったが、直接の取材には応じなかった。

ⅳ 同月一六日も、被告らは原告から直接取材をし、また、写真を撮ろうとして、車一〇数台を原告宅前等に配置して原告の登庁を待っていたが、原告が休暇を取り家から出なかったので、目的を達することができなかった。

ⅴ 被告らは、原告が指定した弁護士に対する取材や富士銀行に対する取材を行わなかった。

また、Cは服役中なので同人に対する取材は試みていない。

(二) 以上の証拠及び事実関係を前提として、本文1、2の摘示事実の真実性につ検討する。

(1) 本文1の事実について

本文1の摘示事実は、原告が阪和興業の株式に関する事項につき情報を漏洩したというものである。

この点に関し、被告丁田は、前記のA調書の記載(Bは情報の出所につき言及しなかったが、Aは、Bと原告との交遊振りからみて原告からの情報に違いないと思ったという趣旨のもの)と自らしたBに対する取材内容(Cから阪和興業に関する情報を原告に聞くよう依頼されたが断ったという趣旨のもの)や、原告の否定の回答ないし被告らの取材に応じようとしない態度に基づき、A調書を信用できるものとして本文1を執筆したものである。

Aは、その後、当審において、調書の記載とは異なり、Bは情報の出所は原告であるとの趣旨を証言したが、Bは、当審及び別件における証言で株式取引をした点については前記取材における供述を変更したものの、原告に対する情報提供を求めるCの依頼を断ったという点については従来の供述を維持している。また、原告の事実否定の態度は一貫している。被告丁田は、本人尋問において前記一(2)の本件記事に沿う供述をするが、同被告の供述によると、同被告自身が右A供述を直接聞いたものでないことは明らかであり、右供述に関する公判調書の提出もない本件においては、右記載のとおりの事実が存在すると認定することは相当ではない。

これらの供述等を総合すると、原告が阪和興業株に関する事項につき、情報を漏洩したとの事実が真実であると認めることは困難というべきである。

すなわち、A調書の記載内容は、推論によるもので、それ自体の証拠価値はさほど重視できないし、これと異なるAの証言は、この間の時の経過を考慮すると、直ちにその証拠価値を肯定することも困難である。

被告らは、BやCが、Cが必要と考えた阪和興業に関する原告からの情報を得ないまま株式取引をしたと考えられず、原告とBの親密な関係からすれば、必ず原告の確認を取ったはずであり、これを否定するBないし原告の供述は信用できないと主張する。

しかしながら、右のようにBや原告の供述を排斥し、Aの供述の結論を真実と判断するためには、右のような一般的状況だけでは足りず、少なくとも、原告が阪和興業株に関する情報を知りうる状況にあったこと、阪和興業株の取引を主導したCが原告から情報を入手したことを認めるに足りる立証が必要であると考えられるが、本件において、これらを基礎づける証拠は提出されていない。

そうすると、前記の証拠関係のみから、原告が阪和興業株に関する事項を漏洩したとの事実を真実と認定することは相当とはいえない。

(2) 本文2の事実について

本文2の摘示事実は、Aの転勤阻止に関し、原告が富士銀行の上層部に口利きを行ったというものである。

被告丁田は、前記のA調書の記載とB及び原告に対する取材内容に基づき、A調書を信用できるものと判断して本文2を執筆した。

Aは、当審において、調書の記載の趣旨を前記のとおり証言した。

しかし、たとえ、その証言のとおり、AがBに対し原告への取り次ぎを依頼したことが事実であったとしても、原告が富士銀行の上層部に働きかけを行ったことを真実と認定するためにはそれだけでは足りず、更に進んで、原告が人事の口利きの依頼を誰かから受けたこと、原告が富士銀行上層部に働きかけを行ったことを認めるに足りる相当の立証が必要である。本件においては、それらの事実を認めるに足りる証拠はなく、原告とAの前記の程度の交際から、これを推認するのも相当とはいえないから、原告が富士銀行上層部に対し、Aの人事異動を阻止するための口利きを行ったという事実を真実と認定することはできないものというべきである。

(三) 本文1、2の摘示事実を真実と誤信したことの相当性について

前記認定に係る事実関係の下においては、被告がA調書の内容を真実と誤信したことについて相当の理由があるとも認められない。

すなわち、被告丁田が本文1、2を執筆した段階における資料は前記のとおりであり、その段階において、本文1、2の摘示事実が真実であると判断することが合理的ということのできないことは、これまで説示したところから明白というべきである。

(四) なお、被告らは、刑事の公判廷において取り調べられた、捜査官の作成にかかるA調書を引用した本件記事の公表は、不法行為を構成する余地がない、あるいは、被告らがその内容を真実と信じたことに相当の理由があると主張する。

しかしながら、供述調書の性質は、基本的には供述者の供述内容を録取するものであり、その形式から一般的に信用性が高いと判断すべき根拠はなく、この理は公判廷で取調べ済みであっても変わるところはない。よって、右主張は理由がない。

3  以上のとおり、本件見出し及び各記事について、真実性の証明がなされておらず、被告らが真実と誤信したことについて相当の理由があるとも認められない。

四  そこで、本件記事によって毀損された原告の名誉等の損害の回復について検討する

1  原告は昭和四四年四月、大蔵省に入省して以来、主計局主計官、銀行局中小金融課長等、大蔵官僚としてのキャリアを積み、本件記事発行当時は大蔵省大臣官房審議官の職にあった。

本件記事は、公務員である原告の交遊振りを批判するに止まらず、前記のように、原告がその職務上の地位によって知った株式に関する事実を私利のために利用したこと、職務上の地位を利用して民間銀行の人事に関し口利きを行ったことを趣旨とするものである。本件記事の掲載によって、職務に関して公正、廉潔を求められている公務員たる原告の名誉、信用が著しく毀損されたことは明らかであり、日常の職務、人事、友人関係等に少なからぬ影響が与えられたことが認められる(甲四号証、原告本人)。

2  右のような本件記事の内容、原告の社会的地位等一切の事情に照らすと、被告らは、右の不法行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、原告に対し各自一〇〇万円を賠償すべき義務があるものと認めるのが相当である。

3  原告は、損害賠償のほか、名誉回復のための措置として謝罪広告の掲載を求めている。

謝罪広告については、その性質上、その必要性が特に高い場合に限って命ずるのが相当ではあるが、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告が毀損された名誉は、右の損害賠償のみでは未だ回復されていないものと認めるのが相当であるから、本件はその必要性が特に高い場合に当たるものというべきである。

そして、本件の事実関係その他一切の事情に鑑み、原告の名誉回復のための措置として、被告講談社に対し、別紙(四)記載のとおりの謝罪広告を別紙(五)記載の掲載要領に従い、同被告発行の週刊誌フライデーに掲載することを命じるのが相当である。

この点、原告は、訴状記載の請求の趣旨において、被告ら全員に対して別紙(二)記載のとおり被告講談社のみを主体とする謝罪広告の掲載を求めている。しかし、被告講談社以外の被告らに対し、被告講談社を謝罪の主体とする謝罪広告の掲載を命じることはできないものと解されるから、被告講談社以外の被告らに対して謝罪広告の掲載を求める原告の請求は、その限度で失当である。

さらに、原告は、謝罪広告を別紙(三)記載の掲載要領に従い、四紙の日刊紙上に掲載するよう求めている。

しかしながら、本件記事を掲載したフライデーの新聞広告が右の日刊新聞紙上に掲載されるなどして、フライデーの読者以外の者に、同記事の記載内容の一部が知られるに至ったとしても、その影響は間接的なものにすぎないから、右日刊紙上にまで謝罪広告の掲載を命ずるのは過大な措置といわざるを得ない。謝罪広告の掲載は本件記事が掲載されたフライデーにされることで十分というべきである。

なお、原告は、別紙(三)記載のとおり、日刊紙上にのみ謝罪広告を掲載することを求めており、明示的にはフライデーに謝罪広告を掲載することを求めていないが、フライデーに謝罪広告を掲載することは、日刊紙に掲載することに比べ、その広告機能及び広告経費が下回るものであることは明らかであるから、右のように謝罪広告を掲載することを命じることは、請求の一部認容として許されるものと解する。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、被告講談社に対し、主文第二記載のとおりの謝罪広告の掲載を命じる限度において理由があるから認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官小西義博 裁判官栩木純一)

別紙<省略>

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